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体内時計の存在と役割

体内時計にかかわる時計遺伝子の発見や、それを動かす仕組みの解明で、体内時計の分野が2017年のノーベル医学・生理学賞に選出された。体内時計と食・栄養の取り方の関係を調べる「時間栄養学」では、「時間」を作り出す体内時計の性質や仕組み知る必要がある。

1 主時計と脳時計・末梢時計

ヒトを含む哺乳動物は、魚類、爬虫類、鳥類などと異なり、脳に特殊な体内時計を有しており、そこは視交叉上核と呼ばれている。ここの神経核を壊すと、覚醒・睡眠のリズムや、活動リズムや体温リズムなど1日周期の全てのリズムが全てなくなることから、この神経核が生体のリズム現象の全てを支配していると考えられていた。しかしながら哺乳動物で時計遺伝子が見つかり、遺伝子発現のリズムを調べると、もちろん視交叉上核は昼高く夜低いというリズムを刻んでいましたが、肝臓・膵臓などの臓器でも大きく変動していることが分かった。すなわち、末梢臓器にも体内時計の仕組があることになる。そこで、現在では、視交叉上核の体内時計を主時計、末梢の肝臓や肺や腎臓、腸の平滑筋、あるいは骨格筋などにある体内時計を末梢時計と呼ぶこととなった。

1-1主時計の特徴

視交叉上核は視神経が交叉した直上にある神経核という意味であり、視床下部という脳領域内にある。視床下部は人の動物的側面、すなわち本能行動(摂食、生殖、体温、自律神経など)に関連する働きをしている場所である。体内時計は自律神経の中枢にも時刻情報を与え、昼間は交感神経が活躍し、夜は副交感神経が活躍するようにする。また、視交叉上核は脳下垂体という場所にもつながっているので、副腎皮質ステロイドホルモンが朝に出て、覚醒、血糖上昇を起こすことに関連する。視交叉上核は交感神経を介して松果体と言われる場所にも強く結びつき、メラトニンという物質を夜間に多く分泌させて、睡眠を導く(図1)。

ヒトの末梢組織、すなわち皮膚細胞や皮下脂肪細胞、毛根細胞などで時計遺伝子発現リズムを観察することができるが、視交叉上核は小さすぎて、PET、MRIといった装置でも見ることはできない。そこで、視交叉上核の時計機能を測定する時はメラトニン分泌の日内リズムで間接的に測定することで代用する。ところで視交叉上核をマウスから取り出し、培養すると、1週間や1月くらい平気で時計遺伝子発現リズムを観察することが出来きる一方で、肝臓などの末梢臓器の時計遺伝子発現リズムは1週間以内になくなってしまう。この時、肝臓の細胞が死んだのではなく、それぞれの細胞のリズム発現の位相がずれてしまい、見かけ上リズムがなくなったように見える。つまり、視交叉上核には協力的な歩調取りがいて「能動発振:恒常的に24時間を刻める仕組」に対して、末梢は歩調取りが弱いために「受動発振:24時間リズムが減衰する仕組」となる。すなわち視交叉上核がオーケストラの指揮者で、末梢の臓器の各楽器に対して演奏する順番の情報を与え、生体全体のハーモニーを保っており、この関係が崩れると疾病の要因になると考えている(図2A)。

1-2末梢時計の特徴

末梢臓器で機能している体内時計を末梢時計と呼んでいる。血漿アルブミンというのは血液の浸透圧を保つに、重要なタンパク質で肝臓でのみ作られる。アルブミンを作る遺伝子の働きは体内時計の影響を受けるために、1日の中で特定の時間にのみアルブミンを作っていることになる。また、排尿を考えると腎臓の働きが活発な昼間は高濃度のNaイオン排泄が高く、夜間は低いことから腎臓に体内時計の仕組があることが容易に想像できる。すなわち、末梢臓器の働きに時間情報を与え、効率よく臓器の働きを手助けするのが末梢時計の役割であると認識されている。時計遺伝子の発現リズムの振幅を調べると臓器ごとに異なり、肝臓は振幅が大きい臓器で、精巣は小さい臓器である。肺がん患者では肺のみならず肝臓でも時計機構に異常が起こることや、骨格筋の時計遺伝子の変異が睡眠に影響を及ぼすこと、腸内細菌叢の変化で肝臓や筋の時計遺伝子発現が変化するなど、恐らく末梢臓器間には連関があり、この臓器間のリズム位相が大きく異なったりすると、この場合も不健康になると思われる。マウスでは、肝臓、すい臓、骨格筋など臓器特異的に時計遺伝子の働きをなくすことで、それぞれの臓器の時計の役割解明とともに、他の臓器への影響を調べる研究なども盛んにされている。図3には、腎臓、肝臓、顎下線の末梢時計のPer2時計遺伝子発現リズムを可視化する例を示している。

2 同調とリセットと朝型や夜型

ヒトの体内時計の周期は24時間より15分程度長いことが知られており、遅れる体内時計の位相を毎日前進させ24時間周期に合った状態の時計を作る。この仕組みを同調(リセット)という。主時計は光が最も強い同調因子となる(図2A)一方で、末梢時計は食事、運動、温度変化などが同調因子になることが知られている(図2B)。したがって、毎朝、光刺激と食事刺激がそれぞれ主時計と末梢時計を24時間周期に合わせることができる。それ以外に、メラトニンや副腎皮質ステロイドホルモン、コーヒーなども知られている。さらに、同調因子となりうる機能性食品成分なども積極的に調べられているので、これらの同調を促進させる食品成分などの詳細は「時間栄養学」で述べる。
朝の光や食事が24時間にリセットさせ、位相が早い時間に固定され1日をスタートさせることができる。一方で、夜の遅い時間帯の光刺激は主時計の位相を後退させ、遅い夕食や夜食の摂取は末梢時計の位相を後退させるので、結果的に同調(リセット)はできるものの位相が遅れた時間に固定される。朝型と夜型という言葉があるが、上記の記述は、なぜ朝型は午前中から活動的であり、「早寝早起き朝ご飯」を実行できるかを示している(図4)。一方で、夜型は午後から活動的で「遅寝遅起き晩ご飯」をしばしば実行している。

 

 

柴田 重信(しばた しげのぶ)
広島大学 大学院 医系科学研究科  特任教授

マウス、ヒトを研究対象として、体内時計と健康にかかわる分野の研究を行っている。
特に、薬や食・栄養、運動のタイミングと肥満との関係の研究、あるいは、シフトワークや時差ボケと体内時計の関係やその軽減方法の開発などの研究をおこなっている。

 

 

【書籍】
脂肪を落としたければ、食べる時間を変えなさい  講談社α新書 2022年
食べる時間でこんなに変わる時間栄養学入門 ブルーバックス、講談社2021年
時間栄養学、化学同人、2020年、体内時計健康法、杏林書院、2017年
【一般向けの雑誌等】
「『体内時計』が老化を止める 睡眠・食事・運動の最適時間」週刊ポストGOLD p.56 2022年12月21日 小学館発行。『薬を飲む時間』を間違えると死にます」週刊現代 第64巻 第34号  p.142-145 2022年12月21日 講談社発行。「目からうろこ!『食べる時間』で寿命が決まる」週刊現代 11月12日号 第64巻第32号 p.140-141 講談社 2022年11月発行。「朝ごはんが最重要」安心11月号 第40巻 第11号 p.68-78 2022年9月 マキノ出版発行。『時間栄養学』に学ぶ肥満や病気を防ぐ食べ方」清流11月号 第29巻 第11号  p34-37  2022年10月 清流出版発行。「時間栄養学」mom10月号  vol.378  第42巻 6号 p.34-35 2022年10月  など他多数

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