PREVIOUS POST
3Dフードプリンターが生み出す食の未来
2022.06.10
コラム
投稿者:川野 茉莉子
今回は、数あるフードテックの中でも管理栄養士・栄養士の皆さんにとって特に関心が高いと思われる、食事・栄養管理におけるAI(人工知能)の活用について考えます。
AI技術が加速的に進化し、製品開発コストの低価格化も進む中、労働力不足の解消、生産力向上、コスト削減などを目的に、多様な領域でAIを活用した製品やサービスが広がりを見せています。食の分野においても、AIを活用した献立レシピの提案や、食事・栄養管理アプリなどが次々と製品化されています。
AIの画像認識技術を活用することで、スマートフォンで撮影した食事の画像から食事のメニューを認識し、記録するだけではなく、AIの画像解析によりカロリーや糖質、タンパク質、脂質、塩分など、詳細な栄養素を算出することが可能です。そして、その食事に含まれている栄養素やカロリーを基に、必要な栄養素やカロリーオーバーなどをAIが教えてくれ、栄養管理やダイエットをサポートしてくれるようになりました。
こうしたAIによる食事管理アプリは、医療機関へも導入され始めています。ヘルスケア分野のスタートアップ企業「おいしい健康」が開発したAI献立・栄養管理支援アプリは、病気の予防やダイエット・メタボ対策、妊娠中、生活習慣病など56のテーマに対応し、ユーザーの健康状態や目的に合わせて、パーソナライズ化した最適な栄養バランスの献立をAIが提案します。約1万件のレシピはすべて管理栄養士が監修しており、約50万件の疾患別献立データを活用し、各疾患の診療ガイドラインにも基づいています。このアプリは複数の病院や健診センター、調剤薬局や産科などで導入されており、外来・退院時における患者の食事相談・指導をサポートすることで医療機関の負担軽減にもつながると期待されます。
出所:株式会社おいしい健康 ニュースリリース(2021年11月25日)
さらに、バイタルデータと呼ばれる利用者の血圧・体重・筋肉量など日々変化する動的な身体データを、接種した食事の栄養データと組み合わせることで、健康や美容、運動、学力など利用者の目的に合わせ最適な栄養メニューを提案するサービスも始まっています。
信州大学発ヘルス・フードテックベンチャーの「ウェルナス」が開発した「Newtrish」というサービスは、通常の栄養管理で用いられる画一的な栄養摂取基準ではなく、生体特性や栄養摂取、経時変化など、個人の動的データを独自に開発したAIが解析し、利用者の目的を実現するための栄養素・機能性成分を増やすなど、一人ひとりに合わせた「最適栄養食 」を設計・考案します。
ダイエットや体質改善のためには、日々の食事管理が重要です。さらに、糖尿病や高血圧などの生活習慣病では、糖質制限や塩分制限など医師の指示に基づく食事を継続することで治療の効果を高められるという効果も期待されます。
一方で、「おいしい健康」の調査によると、健康意識が高かったり、疾患や妊娠などの栄養管理が必要であったりするにも関わらず、約7割の人が「病院や健康診断で医師や管理栄養士などの栄養指導を受けていない」と回答しています。
厚生労働省の2019年調査では、食生活・運動習慣の改善意識を持っているものの、仕事(家事・育児など)が忙しくて時間がないことが、健康な食習慣や運動習慣の妨げになっていることが分かっています。
こうした中、AIによる食事・栄養管理技術が発展することで、スマートフォンのアプリにいる自分だけのAI管理栄養士によって、簡単に日々の食生活をアドバイスしてもらうことが可能になると期待されます。継続した栄養管理によって、消費者の食に対する意識向上に加え、健康な食習慣や運動習慣といった具体的な行動変容にも繋がるでしょう。
一方、管理栄養士らの皆さんの中には、「将来、AIに栄養管理の仕事が奪われるのではないか?」と危機感を抱く方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私は、管理栄養士にとってAIは対立する存在ではなく、相互に補完する関係にあると考えます。特に医療機関などにおける患者の食事・栄養管理の業務に関して、全てがAIに置き換わることはないでしょう。「疾患により食べたくても食べられない」「AIの提案通りに続けられない」といった、患者や悩みを抱える人の思いに寄り添い、励ますことで信頼感を得て、罪悪感なく食の楽しみや喜びを感じてもらうことは、管理栄養士だからこそ成しなし得ることです。今後の食事・栄養指導においては、患者の個別データに基づいた新たなAI技術を活用しながら、「無理のない範囲で毎日摂取できるかどうか」という管理栄養士の知識と経験に基づく視点で、一人ひとりの健康に深く関わっていくことが期待されています。
また、医療機関や福祉施設、学校給食の場では人材不足が深刻な課題となる中で、管理栄養士らにとっても、AIによる食事・栄養管理が進むことで、食育指導や衛生・安全管理といった他の業務に集中し、労働時間を短縮して業務効率化に繋がると期待されます。AIは管理栄養士らの仕事を奪うのではなく、働き方改革に繋げる有効なツールといえるでしょう。
「医食同源」という言葉で表現されるように、近年食とヘルスケアとの関連性について再認識されています。農林水産省と民間企業による「フードテック官民協議会」におけるワーキングチーム(WT)の一つである「ヘルス・フードテックWT」では、上述した「ウェルナス」が代表を務め、食品メーカーやシステム開発企業などが参画し、健康実現のための未来食について議論が行われています。ヘルス・フードテックと呼ばれる領域は、今後の成長分野と期待されており、管理栄養士らの専門知識や経験を活かし、新たな製品・サービス開発やビジネス育成に積極的に参画していくことが求められています。
川野茉莉子
株式会社 東レ経営研究所
産業経済調査部 シニアアナリスト
2008年京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、東レ株式会社入社。2015年東レ経営研究所へ出向。2022年4月より現職。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。
調査・専門分野はフードテック、サーキュラーエコノミー、サステナビリティ。
2022年2月、京都大学ELP(エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム)短期集中講座「食と農」に登壇。
主なレポートに「フードテックが生み出すバイオエコノミーの新潮流」「加速する食のDX:フードテック~3Dフードプリンタ―が変える食の未来~」「期待が集まるスマート農業の新展開~増加する企業の農業参入とビジネス展望~」「サーキュラー・エコノミー時代のビジネス戦略」など。