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フードテックが切り拓く食の未来

最終回となる今回は、フードテックの牽引役ともされる代替タンパク質の開発動向をご紹介したのち、フードテックによって切り拓かれる食の未来について想像を膨らませてみたいと思います。

世界で加速する代替タンパク質開発

世界人口の増加や新興国の経済発展に伴い食肉需要は急拡大しており、2030年頃には食肉や魚といったタンパク質の需要に対して供給が追い付かなくなる「タンパク質危機」が到来すると予測されています。また、家畜の生産には飼料や水が大量に必要とされるほか、家畜による温室効果ガスの排出も大きいことなど、環境負荷の高さが社会的課題となっています。動物愛護(アニマルウェルフェア)の観点からも従来の畜産肉を代替する新たなタンパク質の開発が世界的に加速しています。

学校給食にも植物性代替肉が登場

代替タンパク質の中でも、既に様々な食品として製品化されているのが、大豆やえんどう豆など植物性の原料を用いた植物性代替肉です。日本においても、スーパーや外食チェーン店などで大豆ミートのひき肉や焼き肉、植物性バーガーを目にするようになりました。こうした中、SDGs(持続可能な開発目標)の取り組みの一環で、植物性代替肉を学校給食のメニューに取り入れる動きも見られ始めています。植物性の材料を用いた食を通じて、環境問題や動物愛護など様々な社会課題について考えるきっかけになると期待される一方、大豆アレルギーへの対応やカロリー・必須栄養素の不足に対する懸念の声も聞こえてきます。

代替タンパク質の今後は食育がカギを握る

さらに代替タンパク質には、国内では研究開発段階にある培養肉((豚や牛などの動物細胞を体外で組織培養して作られる肉)や、コオロギや蚕などを原料とする昆虫食などへも注目が集まっています。一方で、農林水産省が報告した国内アンケート調査結果では、培養肉や昆虫食は「食べたくない」と回答した層が多くなっています。

 

フードテック食材に係るニーズ調査結果

(注)対象は2020年時点で20代~40代前半の年齢層(2050年時点では50代~70代前半にあたる層)N=1,000
出所:農林水産省「令和2年度フードテック振興に係る調査委託事業の報告書 フードテックに係る市場調査」

 

人には馴染みのない食品を拒否する「食物新奇性恐怖」という行動特性があるといわれています。こうした新しい食品が社会的に受容されるためには、事業者や学識者、管理栄養士などを含む食の専門家、消費者との間でELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的・法的・社会的課題)に関する議論を深めていくことが不可欠です。そして個人的には、代替タンパク質が普及していくうえで、保育や教育の現場において、背景にある環境問題や社会的課題、代替タンパク質の特性・安全性などについて丁寧に伝えていくことが重要なカギを握ると考えています。
食は文化、心理、倫理など個人の育った環境や価値観に根付いたものであり、何かを強いるものであってはなりません。食育とは、「生きる上の基本であり、様々な経験を通じて食に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活を実施することができる人間を育てるもの」と食育基本法で定義されています。
代替タンパク質の技術開発が進む一方、食に対する価値観は多様化しています。管理栄養士らの皆さんには、食の専門家としてこうした代替タンパク質に関する関心・理解を深め、消費者が正しく理解したうえで、自分の意志で食を「選択」できるための食育活動を一層推進して頂くことを期待しています。

未来の食の姿はどうなるのか

さて、最後に未来の食はどうなるのか一緒に想像してみたいと思います。
農林水産省と民間企業による「フードテック官民協議会」における「2050年の食卓の姿ワーキングチーム(WT)」では、過去にとらわれずに将来の可能性や課題を見通す「SF思考」という手法を用いて、フードテック官民協議会の会員やSF小説家、イラストレーターの協力の下に、フードテックが導入された食卓の未来像をSF小説として作成しました。農林水産省のホームページに、4つのSF短編小説が紹介されています。
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/ftitaku.html#sf
これらの小説が描く未来においては、3Dフードプリンターからさらに進化して一流シェフのように2本のアームで調理してくれるロボットや、マンションの各家庭から出る生ごみから肥料をつくりマンションの一角で野菜を栽培する循環型の植物工場、皮膚に貼り付けて必要な栄養素を経皮吸収させる栄養機能食品、植物工場や養魚場、培養肉工場を併設した生産型のスーパーなど、現在のフードテックをさらに進化させた様々な未来技術が登場します。それぞれの小説の内容がイラストでも表現されていて、日常生活における未来の食を想像させるものとなっています。

進化しても変わらない食の価値がある

近年のフードテック領域の進化スピードは目覚ましく、こうした未来の食の姿も夢ではないかもしれません。一方で、食は単なる栄養摂取にとどまらず、歴史や文化、価値観などと密接に結びついており、コミュニケーションという重要な役割も果たしています。上述した2050年の食卓の姿WTは、未来の食卓を取り巻く要素として、代替タンパク質など新たな技術を利用した食材生産や、個人の健康データなどに基づいたパーソナライズ化などのフードテックに加えて、食育や倫理観の変化といった価値観も重要な要素に挙げています。ただし、いかに食を巡る環境が変化したとしても、「誰かと食べる食事の価値」は変わらない大切なものとして食卓の中心にあり続けるとしています。

出所:農林水産省フードテック官民協議会「2050年の食卓の姿WT」2020年度資料

管理栄養士・栄養士の皆さんへの期待

管理栄養士・栄養士の皆さんには、今後のフードテックの振興に向け、専門知識や経験を活かし新たな製品・サービス開発やビジネス育成に積極的に参画するとともに、食育活動を通じて、食文化や社会性・マナーの醸成、コミュニケーションとしての楽しさといった食の有する多面的な価値を次世代へ継承することが期待されています。人間のウェルビーイング(心身の健康と社会的健康)の実現には、食は欠かせない要素です。栄養と健康、そして食事の価値について多様なプレイヤーと一緒に考え、食の未来を共創していただきたいと思います。

 

これまで全4回にわたって、フードテックの潮流と栄養士・管理栄養士に期待される役割について私なりの考えを述べさせていただきました。お読みいただいた業界関係者の皆様、そしてこのような貴重な機会を頂いたフジ産業株式会社様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

川野茉莉子
株式会社 東レ経営研究所
産業経済調査部 シニアアナリスト

2008年京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、東レ株式会社入社。2015年東レ経営研究所へ出向。2022年4月より現職。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。
調査・専門分野はフードテック、サーキュラーエコノミー、サステナビリティ。
2022年2月、京都大学ELP(エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム)短期集中講座「食と農」に登壇。
主なレポートに「フードテックが生み出すバイオエコノミーの新潮流」「加速する食のDX:フードテック~3Dフードプリンタ―が変える食の未来~」「期待が集まるスマート農業の新展開~増加する企業の農業参入とビジネス展望~」「サーキュラー・エコノミー時代のビジネス戦略」など。

 

 

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