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時間健康科学の目指すもの

健康に資するであろう、食(栄養)、運動、睡眠(休息)の3要素でも、その効果が最大限に発揮されるための時間軸の要素は考慮されてこなかった。食・栄養についても実際、厚労省の日本人の食事摂取基準や、食事バランスガイドにおいても、1日量を基準としている。また、地中海食や和食が健康食と謳われているが、時間栄養学の視点は入っていない。したがって近い将来、各人の体内時計も考慮した時間軸の健康科学を提案する時が来るであろう。

1.時間栄養学が必要な理由

体内時計と食・栄養の関係を明らかにする時間栄養学の重要性を述べてきたが、現状はどうであろう。健康を維持し、病気を防ぐ手立てのための食事摂取基準のガイドラインとして「日本人の食事摂取基準」が制定されている。この基準は、男女別、年齢別、また身体活量別、妊婦や授乳中別の摂取栄養の必要量、推奨量、目安量、場合によっては目標量が設定されているが、残念なことにこれらの量はすべて1日量である。したがって、これらの量の栄養成分を1回で取る方が、あるいは3回に均等配分して取る方が、健康や疾病予防に良いのであろうか。時間栄養学のエビデンスが集まれば、摂取タイミングと量の重要性を説明できるかもしれない。例えば、屋外で肉体労働をする人と、屋内で事務労働をする人では、食栄養の摂取タイミングや食事ごとの摂取量に違いがありそうなことは、容易に想像できる。朝型や夜型では食栄養の摂取タイミングが異なるであろうことも容易に想像できるなど、個人別の時間栄養学が食・栄養の取り方には重要となる。

2.食事バランスガイドを用いて時間栄養学を考える

農林水産省や厚生労働省のホームページに入ると、食事バランスガイドという、独楽の形をした絵を見つけることができる(アイキャッチ)。これは、主食、主菜、副菜、果物、乳製品の1日当たりの目安量(サーブという概念)が示されている。例えば主食でおにぎりやパン一切れは1サーブ(SV)、うどん、スパゲティは2SVとなる。ミカン1個、リンゴ半分で果物1SVとなる。主食は男女、運動量、年齢などを考慮して、理想のSVは5-7であるが、6SVの主食を朝食・昼食・夕食ごとに、2:2:2で摂るのが、あるいは、1:2:3で摂るのが良いかの指針はないが、肥満予防の時間栄養であれば、2:2:2であろう。食事バランスガイドの理想のSV数に従い、主食、主菜、副菜(上限なし)、果物(上限なし)、乳製品(上限なし)、1日のエネルギー、間食のエネルギーの7項目を、理想のSV数であれば10点満点とする。主食や1日のエネルギーなどは、多すぎても減点、少なすぎても減点として、70点満点で採点する。今回「あすけん」登録の20-70歳までの女性1310人のデータを用いて考察する。この集団では、主菜や副菜のSV数が多く、それに伴い、主菜、副菜、乳製品のスコアが高かった(図1A)。スコアを人数比で4等分すると、バランスが良くない人の平均点が33.8点となり、以下40.8、45.4、52.4と続く(図1B)。4等分の群間で、BMIや朝型・夜型に差は認められなかった。スコアが低いと不健康でBMIが低いか高いことが期待され、また夜型に近づくと思われるがそうはならなかった(図1B)。

そこで、主食、主菜、副菜別に、SVとスコアで肥満の関係を調べた(図2)。その結果、主食・主菜のSVが多いほど、副菜のSVが少ないほど、肥満(大きいBMI値)であった。つまり、主食・主菜・副菜のバランスをスコア化するために足し算する「合計スコア」が間違いで、それぞれの項目別スコアで評価すべきである。主食のスコアが最大になるのはBMIが中位のはずなのに(図2B)、評価できていない。そこで、朝、昼、夕、間食のSVで重回帰分析したところ、朝・昼の主菜を減らし、夕の主食を減らし、全ての食事で副菜を増やすことが、肥満予防に良いことが分かった(図3A)。同様に、夜型防止には、朝に主食・副菜を増やし、夕の主食・主菜を減らし、全ての食事で副菜を増やすこと良いことが分かった(図3B)。

3.NRF9.3(高栄養素食品指数)を用いて時間栄養学を考える

NRF9.3(高栄養素食品指数)は、食事全体を栄養素密度の観点から評価する妥当性が確認済みの尺度で、欧米では広く用いられている。摂取が望ましい食品成分9種で構成されるNRF9(タンパク質、食物繊維、カリウム、鉄、カルシウム、マグネシウム、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンC)が、推奨量、目安量や目標量と比べて多いか少ないかを%で評価する。例えば、日本人の2015年版食事摂取基準で40代の女のカルシウムの1日の推奨量は650mgであるので、ある人が325mgであれば、50%となり、1300mgであれば200%となる。一方で、推奨しない食品成分3種で構成されるNRF3(飽和脂肪酸、添加糖類、ナトリウム)があり、これらも同様に摂取量を%算出できる。NRF9.3は、NRF9からNRF3を差し引いた値である。したがって、すべてが基準値であると900-300=600となる。「あすけん」の20-70歳までの女性の利用者1864人を対象にNRF9.3のスコアを調べた(図4A)。

1日量では、NRF9は1198で、NRF3 は305なのでNRF9.3は893となった。これを朝、昼、夕食ごとに調べると、NRF9は昼、朝、夕の順番に大きく、NRF3は朝、昼、夕の順番に大きいいので、NRF9.3 は朝夕がほぼ同じ値で高く、昼が低かった。朝、昼、夕、間食のNRF9.3 の寄与率は、32%、22%、32%、15%であり、間食もある程度寄与することが分かった。年齢別で20-29歳以下、30-49歳、50歳―69歳と3区分で調べたところ、朝食では20-29歳以下より年齢が上のグループは有意にNRF9.3 が大きいが、昼食・夕食・間食では差がないことから、高年齢者は朝食に注意していることが分かった(図4B)。肥満者は標準者より、朝食のNRF9.3のスコアが低いこと、朝型の人は朝食や昼食のNRF9.3のスコアが高く、夜型の人は間食で高かった(図5A)。朝食が和食やシリアル食の人は洋食に比較して、朝食のみならず、すべての食事、また1日量でもNRF9.3のスコアが高かった(図5B)。特に朝食でシリアルの食習慣の人は、健康食のリテラシー(健康意識)が高いのかもしれない。

NRF9.3食、食事バランスガイド食、日本人の食事摂取基準もすべて、時間栄養学の視点が欠けている。また、地中海食も毎食、毎日、毎週に摂った方が良い食材などが示されているが、毎食でも朝・昼・夕食の配分比、毎日でも取るタイミング、毎週でも平日・週末など、時間軸の視点での説明が不十分である。また、DASH食といって、高血圧を防ぐ食事が開発されているが、この場合も時間栄養の視点はない。機能性表示食品に記載されている「食生活は、主食、主菜、副菜を基本に、食事バランスを」は、「食生活は、主食、主菜、副菜を基本に、時間栄養の視点を入れた食事バランスを」に改善すべきであろう。これからの健康を意識した食事(食・栄養)は個人の働き方に合わせた時間軸のサービスが主流の時代を迎えようとしている。

 

 

柴田 重信(しばた しげのぶ)
広島大学 大学院 医系科学研究科  特任教授

マウス、ヒトを研究対象として、体内時計と健康にかかわる分野の研究を行っている。
特に、薬や食・栄養、運動のタイミングと肥満との関係の研究、あるいは、シフトワークや時差ボケと体内時計の関係やその軽減方法の開発などの研究をおこなっている。

 

 

【書籍】
脂肪を落としたければ、食べる時間を変えなさい  講談社α新書 2022年
食べる時間でこんなに変わる時間栄養学入門 ブルーバックス、講談社2021年
時間栄養学、化学同人、2020年、体内時計健康法、杏林書院、2017年
【一般向けの雑誌等】
「『体内時計』が老化を止める 睡眠・食事・運動の最適時間」週刊ポストGOLD p.56 2022年12月21日 小学館発行。『薬を飲む時間』を間違えると死にます」週刊現代 第64巻 第34号  p.142-145 2022年12月21日 講談社発行。「目からうろこ!『食べる時間』で寿命が決まる」週刊現代 11月12日号 第64巻第32号 p.140-141 講談社 2022年11月発行。「朝ごはんが最重要」安心11月号 第40巻 第11号 p.68-78 2022年9月 マキノ出版発行。『時間栄養学』に学ぶ肥満や病気を防ぐ食べ方」清流11月号 第29巻 第11号  p34-37  2022年10月 清流出版発行。「時間栄養学」mom10月号  vol.378  第42巻 6号 p.34-35 2022年10月  など他多数

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