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選んだ料理の道と、仕事で大切にしていること

私は料理教室を開いて生徒さんに料理をお教えし、料理に関わるお仕事をさせていただいて、もう40年以上が過ぎます。
その道のりは色々あり、今も悩み多い日々ですが、そんな中においても一つ肝に銘じていることがあります。それは時代が変わったとしても、EQ〈感情指数〉を上げることを大事にしようと思っていることです。

小さい頃に母親から『あなたは頭を使う仕事よりも、人の気持ちを汲み取れることを優先的に考える仕事を選んだ方がいいよ。』と、ことあるごとに言われていました。頭が良くないと言われているようで、子供ながらとてもショックで、人の気持ちを汲み取れる仕事って何?と思ったものです。でも今こうやって年を重ね、色々な経験をしてみて、分かる事がたくさんあるように思います。

話は両親のことになりますが、両親はとても働き者で稼業は漁網関係の店を営んでおり、糸を紡いで漁網を作る工場もありました。お客様へのサービス精神は子供心にも感じていて、それが私も自然と身に付いて行ったのではないかと思います。
母親はその仕事の合間を縫って家事もしっかりこなし、その背中を見ては凄いなと尊敬していました。私を含め兄弟が5人いましたので家族7人の料理を黙々と作る姿を見て、どうやったらこんな料理ができるのだろうかと、色々と料理を作りだす母親を見て、秘かにその台所が今の私の教室のラボのような場所に思えていました。
そんな折、私のすぐ上の兄を中学1年の時に病気で亡くした時は、もうこれ以上不幸なことが起きないようにと、母親は一層拍車がかかったように料理を私たちに一生懸命に作ってくれました。家族全員が元気でなければいけないと、何より両親が重く受け止め、健康でいることを大切にしなければいけないと思う気持ちは末っ子の私までひしひしと伝わって来ました。
ですので兄弟の間でも病気になる事は許されることではありませんでした。風邪一つひいて両親を心配させてはいけない!と、食べることの大切さ、健康でいることの大切さ、周りを心配させないこと、これが我が家の家訓でもあったように思います。
母親の気が滅入っている時には、周りの私たちが元気に振る舞わなくてはいけないと、いつしかいつも母の様子を見ていました。今から思うと相手の気持ちを子供の頃から気にしていたのではないかと思います。

高校を卒業して18歳の進路相談の時に、その家訓の影響で迷わず栄養士の道に進みたいと先生や両親に話した記憶があり、健康ための食の大切さ、その健康を思い遣る人の気持ちを優先にできる仕事を自ずと選んだように思います。
ですので栄養士になって皆を元気にしたい、皆が美味しいね!と言って、笑顔があふれるそんな食卓を作ってもらいたいと強く思いました。
でも、いざ調理の現場実習に入ってみると、その怖さやスピード、また自分の未熟さの現実を目の当たりにして委縮してしまい、もろくも目標は崩れて遠ざけてしまい、卒業後はOLの道に入ってしまいました。
でも隣の芝生は青く見えるものですね。違う仕事に就いたものの、やはり食に携わりたいという思いがひしひしと湧いてきて、原点に戻る事にしました。
そう決めてからはそれを達成するまではと覚悟を決め、一人で上京して、料理の先生の家に住み込みでお世話になり、その家の家事全般から料理のことも基本から学ばせていただきました。
そして両親譲りの商売人の行動力からか、自分でもあっという間に料理学校も立ち上げ、生徒さんを集めたり、料理周りのいただく仕事は何でもやって来ました。ケイタリングから子供向けの学習雑誌の料理ページから、テレビCMの裏方の仕事や、クッキングスタイリストなどいただくお仕事は大小に拘らず何でもやりました。

今でこそ、多くの生徒さんに料理教室に来ていただいたり、本を書かせていただいたり、テレビやラジオや講演など前にも出させていただいたり、クライアント様にメニューをご提案させていただいたり、コンサルタントなどのお仕事もさせていただいていますが、それも思い描いたような、料理を作ってみんなが健康で笑顔で楽しいと言う仕事ばかりではありませんでした。
しかし、いつも前向きで、人より早く仕事をして、人に喜んでもらおうと言う気持ちだけはあり、お陰で小さなお仕事でしたが、また次につながり、それがまた次につながって、今のような仕事になって行ったように思います。
ただその中でいつも思っていたことは、子供の時に母親に言われた『人の気持ちを汲み取ることを優先して考える』ということかも知れません。

仕事は色々あります。前に出る仕事もあれば、人の目には映らない仕事も、でもどれも人の気持ちを汲み取ることがとても大事で、上手く行って当たり前で、どのような状況下においても落ち着いて判断が出来る状況でないといけないと思います。
特にテレビの収録時などは特有な緊張感があり、感情をどう出すか、アクシデントが起きたときにどのような対処をしなければいけないのか、周りのことや人の気持ちをとても大切にしないと、思い通りにはなかなか行きません。
つい最近の話ですが、お付き合いのある役者の方に頼まれて、久々にテレビの裏方の仕事、しかも深夜に屋外で料理をするシーンのお手伝いをしました。私たちのミスではありませんが、急に料理を出すように現場で言われ、当初の予定より40分も前倒しです。でもそれをどのように周りの雰囲気を壊さずにその状況に対処するかが私の仕事になります。パニックに陥る前に何をどのように対処するべきか、歩み寄れる所はあるのか、回り全体を見ながら、コミュニケーションをとりながら、その場をうまく取りまとめる処置をしていくことになりました。

もちろん皆さんもこのようなことは、いつでもどこでも体験されておられることと思います。
そういう時は、いくら頭脳明晰でも人とどう関わるかが大切で、それ以上に感情指数を上げて、仕事や家庭・家族とどう共存できるかで違ってくるのではないかと思います。
自分が正しい、間違っていないなどを前面に出したり、優しさを持ち合わせていない行動はこれからの時代に適合しにくくなるのではないかと思います。

IQ【知能指数】の高さはある程度持って生まれた所はありますが、EQ【感情指数】の高さは努力と経験によって高くなり得るものと思いますね。そのためには、毎日の行動を見直し、また周りの観察をしたりしながら、人の気持ちを汲み取ることを優先して、備えていくことかと思います。
可視化できないものほど、宝物が埋まっているのではないかといつも思っています。
シンプルに原点に戻ればまた見えてくるものも沢山あるように思え、私は小さい頃の母親の言葉や、両親と一緒に過ごした子供の頃を時々思い出す様にしています。

 

 

料理研究家 浜内千波(はまうちちなみ)

昭和30年生まれ。徳島県海陽町出身。大学卒業後、OLを経て岡松料理研究所へ入所。その後ファミリークッキングスクールを開校。雑誌や書籍をはじめ、テレビ、ラジオ、講演会、料理イベントで活躍。食材の味を生かした料理、野菜料理は特に定評がある

 

 

 

 

 

 

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