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時間栄養学
2023.06.09
コラム
投稿者:柴田 重信
前回、時間栄養学として、体内時計と食・栄養の関係について述べた。今回は、健康に重要な運動について、体内時計と運動(身体活動)との関係である、時間運動学について述べる。 運動は、健康の維持・増進だけでなく、肥満予防に有効である。定期的な運動はエネルギー消費量を増加させ、糖尿病や肥満を予防・改善する。そのため、健康の維持・増進のための有効な運動ガイドライン(一般的に少し負荷がかかる運動を60分程度、週3回)により、推奨される運動量や運動継続時間が示されている。しかしながら、運動タイミングに関する言及はなされていない。その理由の一つとして、運動のタイミングにおける生体に与える影響について十分な検討がされていないことがあげられる。
朝食が末梢時計をリセットするように、運動が体内時計をリセットさせるかについて考えてみる。マウスの研究では、朝の運動が朝型にリセットさせ夜の運動が夜型にリセットさせ、かつ運動の種類ではトレッドミルのような強制運動が輪回し運動のような自発性運動より、強くリセットさせた(図1)。マウスに拘束ストレスや運動ストレスを負荷するとコルチゾールの分泌や交感神経興奮状態を引き起こし、体内時計をリセットさせる。人の研究でも、朝から午後の早い時間までの運動は、朝型の方向にリセットさせ、午後の10時ごろの運動は夜型にリセットさせることが知られている。以上から、24時間ジムに行き遅い時間帯に光の暴露下でストレスがかかった運動をすると夜型を助長させることになる。朝型の人は朝方の身体活動量が多く、夜型の人は夕方の活動量が多く、時刻に無関係に活動しているひとは中間型であった(図2)。因果関係は不明であるが、朝の運動が朝型に、夜の運動が夜型に寄与している可能性がある。
運動トレーニングは、筋肉タンパク質代謝回転のバランスを制御することにより、筋肉サイズを増加および維持させる。 24週間の持久力トレーニングと筋力トレーニングの組み合わせは、筋肉の肥大を誘発し、夕方のトレーニングは、朝の同じトレーニングと比較して、筋肉の断面積を大きくする。マウスで後肢を浮かせて起こる筋萎縮に対して、夕より朝に施行する4時間の間欠的な体重負荷は、後肢を浮かせて起こる筋萎縮と、筋肉の分解にかかわる異化遺伝子の1つであるAtrogin1発現の増大を防いだ(図3)。これらの2つの研究から夕方の運動は筋肥大の誘発に適しているが、朝の運動は筋喪失の予防に適しているといえるかもしれない。
一般的に朝(0.1g/Kg体重)、昼(0.5 g/Kg体重)、夕(0.8 g/Kg体重)と、タンパク質摂取は夕食に傾いている。そこで、若齢者の研究で、1日のタンパク質量は一定にして朝昼夕のタンパクの割合がほぼ均等になるような条件と、夕方に傾斜した条件で、午前中から午後の早い時間に週3回のレジスタント運動を行うと、筋力の増大が均等群で観察されるという報告がある。朝のタンパク摂取と朝の運動が協力的に作用するのかもしれない。
運動による血糖降下のメカニズムは、筋肉収縮に応答して骨格筋の糖輸送担体(glucose transporter 4 : GLUT4)が筋細胞膜へ移動することで糖の取り込みが促進されるインスリン非依存性がある。また運動後はインスリン刺激に対して骨格筋のGLUT4タンパク質発現を増加させることで糖の吸収を促進させるインスリン依存性があり、これはインスリン抵抗性改善につながる。
先行研究において男性の2型糖尿病患者17名(45~68歳)を対象とし、朝または夕の2週間(3回/週)の短期間運動介入(高強度インターバルトレーニング)による24時間の血糖値変動への影響を検討した。その結果、朝の運動に比較して夕の運動において有意な血糖値の減少が見られ、2型糖尿病患者における血糖値コントロールには、夕の運動がより有効であることが示されている。我々は健康な若年男性10名を対象とし、同一被験者で朝もしくは夕の運動が血糖値の日内変動や脂質代謝に及ぼす影響について調べた(図4)。本研究は1週間(3回/週)で60%VO2maxの持久性運動であり、朝または夕の持久性運動介入後の1週間の24時間血糖値変動を評価した。夕方の持久性運動は朝の持久性運動に比べて血糖値に有意に低い値が認められた(図4)。次に血中の中性脂肪、LDL・HDLコレステロール及び冠動脈疾患に関連する(中性脂肪/HDLコレステロール)の比率を調べた。中性脂肪/HDLコレステロールは、夕運動で運動前より有意に低下したが、朝運動では変化がなかった(図4)。これらのことから、糖尿病や脂質異常症の予防・改善に対する運動タイミングの効果は、夕方の運動が適しているといえる。別の研究で、健康な若年男性14名を対象とし、朝方または夕方のそれぞれの運動試行3時間前に規定食を摂取してもらった。朝方または夕方に60分間の持久性運動を実施し、血中の代謝関連ホルモンへの影響を検討するため、運動前、運動直後、運動2時間後、採血を行った。その結果、夕方の運動は朝方の運動に比べて運動直後の血中アドレナリンやIL-6の有意な増加が認められた。さらに、夕方の運動は朝方の運動に比べて運動2時間後の遊離脂肪酸濃度が有意に高く、脂肪分解の促進が見られた。運動によるアドレナリンやIL-6の増加は、脂肪分解を促すことから、夕方の運動がより脂肪分解促進に寄与していることが示唆された。
次に、運動と血圧との関係を調査研究したところ、収縮期血圧、拡張期血圧のいずれも、夕方運動する習慣がある人は血圧が有意に低めであった(図5)。夕方運動は肥満の改善にも寄与し、効率的にエネルギー代謝を行うことから、このことが動脈硬化に予防的に作用し、高血圧予防にも寄与したかも知れない。
最後に、クロノタイプ(朝型、中間型、夜型)とスポーツのパフォーマンスの関係についての報告を紹介する。自転車漕ぎのパフォーマンスで、朝型、中間型、夜型の人で調べた研究があり、期待通りに朝型は午後の早い時間、中間型は午後の遅い時間、夜型は夜の時間に最高のパフォーマンスが見られた(図6)。ところが、夜型は朝のパフォーマンスが極端に悪いため、例えば優秀な選手であっても朝に予選で夜に決選があるような場合は予選落ちしてしまうといったことも考えられるのである。
柴田 重信(しばた しげのぶ)
広島大学 大学院 医系科学研究科 特任教授
マウス、ヒトを研究対象として、体内時計と健康にかかわる分野の研究を行っている。
特に、薬や食・栄養、運動のタイミングと肥満との関係の研究、あるいは、シフトワークや時差ボケと体内時計の関係やその軽減方法の開発などの研究をおこなっている。
【書籍】
脂肪を落としたければ、食べる時間を変えなさい 講談社α新書 2022年
食べる時間でこんなに変わる時間栄養学入門 ブルーバックス、講談社2021年
時間栄養学、化学同人、2020年、体内時計健康法、杏林書院、2017年
【一般向けの雑誌等】
「『体内時計』が老化を止める 睡眠・食事・運動の最適時間」週刊ポストGOLD p.56 2022年12月21日 小学館発行。『薬を飲む時間』を間違えると死にます」週刊現代 第64巻 第34号 p.142-145 2022年12月21日 講談社発行。「目からうろこ!『食べる時間』で寿命が決まる」週刊現代 11月12日号 第64巻第32号 p.140-141 講談社 2022年11月発行。「朝ごはんが最重要」安心11月号 第40巻 第11号 p.68-78 2022年9月 マキノ出版発行。『時間栄養学』に学ぶ肥満や病気を防ぐ食べ方」清流11月号 第29巻 第11号 p34-37 2022年10月 清流出版発行。「時間栄養学」mom10月号 vol.378 第42巻 6号 p.34-35 2022年10月 など他多数