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管理栄養士・栄養士の現状と未来像~1) 栄養士制度は、なぜ必要なのか?
2025.01.30
コラム
投稿者:中村 丁次
現代人が直面している栄養問題を一言で表現すると「栄養不良の二重負荷:Double Burden of Malnutrition(DBM)」と言うことになる。飢餓と肥満、低栄養と過栄養、さらに解りやすく言うと、食べられない人と食べ過ぎの人が共存していることを言う。21世紀を目前にした1992年、FAOとWHOが共催した国際栄養会議(International Conference on Nutrition)の場で議論されて定義された。定義された文書を英語でそのまま示した。
“The double burden of malnutrition is characterized by the coexistence of undernutrition along with overweight and obesity, or diet-related noncommunicable diseases, within individuals, households and populations, and across the life course” (栄養不良の二重負荷とは低栄養と過体重、肥満、或いは食事の関係した非感染性疾患が、個人、家族、集団、さらに生涯に渡り共存していることである)
20世紀においても、世界は栄養の欠乏症と過剰症に悩まされた。しかし、この時代、過栄養は豊かな先進諸国が多い北半球に、低栄養は貧しい発展途上国が多い南半球に分離され、栄養状態の改善は、これらの国々が有する貧困や農業問題が解決されなければ不可能だと考えられていた。つまり、栄養問題は、経済、農業、工業、近代化等の問題が優先され、国家や社会が取り組む課題とは判断されなかったのである。解りやすく言うと、飢餓も低栄養も、経済が発展し、生活が豊かになれば、食料は容易に手に入るようになり解決されると、多くの指導者や有識者が考えていたのである。
ところが、21世紀を前に、グローバルな観点から栄養問題を検討したところ、発展途上国においても、急速な経済発展が起こると富裕層では低栄養は解決するが、一方では過栄養や肥満が多発し、経済格差の拡大により農村部や貧困層には依然として飢餓や低栄養が残存することが解ってきた。しかも、農村や貧困層の中でも、油や糖質の含有量が多い安価な高カロリー食品が普及して、栄養状態が貧弱な肥満者が出現し始めていた。過栄養問題が発生し始めた先進諸国においても、過激なダイエットによる若年女子のやせや高齢者、傷病者に低栄養が出現し、同じ地域や家族、さらに個人の生涯に渡り、過栄養と低栄養が共存する時代が到来したのである。
この定義で注目されることは、同じ個人でも、一生に渡っては、過栄養と低栄養が共存するという概念である。例えば、中高年においては、過栄養による肥満、メタボリックシンドローム、さらにこれらがリスクとなり、肥満症、糖尿病、高血圧症、動脈硬化症、慢性腎臓病等の誘因になる。対策として実施されたのが「特定健診・特定保健指導」、いわゆるメタボ対策である。肥満の中でも、内臓脂肪蓄積型がハイリスクになることから、食事療法と運動により、腹囲を低減させる政策が実施されている。
ところが、高齢社会を迎えて厄介な問題に直面している。加齢により、手足の運動機能が低下し、介護を必要とする人々が増大しつつあるからだ。そして、介護予防の鍵は、高齢者の低栄養予防、つまり、高齢者がやせないようにすることが重要であることが解ってきた。中高年では、メタボリックシンドローム対策として、エネルギー制限食が必要になるが、その後に起こる介護予防には、虚弱になるフレイルの予防が必要で、エネルギー制限を継続することは介護のリスクを増大することになる(図―1)。生涯に渡り、非感染性疾患(生活習慣病)と介護を予防して健康寿命を延伸するには、このような栄養不良の二重負荷を克服することが必要になる。
中高年から高齢への移行期、つまり、60~75歳にかけて、「腹八分目食」から「しっかり食べる」ためへのギアチェンジが必要になる。しかも、食事の関係した非感染性慢性疾患は、完治することが困難であることから生涯に渡るケアが必要となり、フレイル対策を前提とした非感染性疾患をどのように栄養ケアをするかが課題になる。
長年に渡り、メタボリックシンドロームの予防や改善のために、体重や腹囲を気にしながら食事をしていた人々に、「これからはフレイル対策のために、やせないでしっかり食べてください」と言われても、いつから、どの様に変更させるのか、人々は困惑する。そこで、登場するのが管理栄養士・栄養士である。理由は、このギアチェンジは、肥満、高血圧、高血糖、高脂質、タバコ、アルコール、ストレス等の非感染性疾患のリスク要因を低減させながら、フレイル予防のために低栄養状態に陥らないようにする個別指導が必要になるからである。
個別指導の基本は、フレイル対策を基本として、肥満者以外は積極的な減量はしないことである。非感染性疾患のリスクに関しては、個人がもつ特異的なリスクを分析、評価し、その低減を目標にして、摂取エネルギーを減少させない食事療法を指導していく(表―1)。例えば、高血糖の場合、糖質の割合を減少させ、糖質の吸収を抑制する食物繊維の摂取量を増大させ、食後血糖の上昇を抑制する低GI食品、例えば油、酢、牛乳・乳製品を活用し、頻回食で、ゆっくり食べ、野菜料理をまず食べるなどの食べ方を工夫するように指導する。このような個別で、詳細な食事療法でも効果が無ければ薬物によるコントロールが必要になる。
高齢社会を迎えて、人々の食事・栄養状態は多様で複雑になってきている。複雑になればなるほど、栄養や食事に関する情報は混乱し、人々は何を信じていいかわからないと嘆く。万人に有効な食事法や食事療法は、もはや存在しないなのかも知れないが、その人にとって最適な栄養や食事は存在する。そのことを指導するのが、管理栄養士・栄養士の役割であり、いよいよ表舞台に登板するチャンスが訪れたのである。
中村丁次(なかむら ていじ)
一般財団法人 日本栄養実践科学戦略機構 代表理事理事長
1972年徳島大学医学部卒業。新宿医院、聖マリアンナ医科大学病院で臨床栄養を実践。1978年より東京大学医学部に研究生として在籍し、1985年に博士号を取得。学位論文のテーマは「健常過体重者の摂食行動と身体活動状況に関する研究」。
2003年神奈川県立保健福祉大学教授に就任。栄養学科長、学部長を経て、2011年から2023年3月まで学長を務め、2023年4月より神奈川県立保健福祉大学名誉学長。
2008年第15回国際栄養士会議(ICD2008)組織委員長、2022年第8回アジア栄養士会議(ACD2022)組織委員長。
約100年にわたる日本の栄養政策の歴史の後半部分に直接関わってきた功績は、「東京栄養サミット2021」の冒頭で行われた岸田首相(当時)のスピーチでも紹介された。国際的にも栄養学の第一人者として広く知られている。著書の『臨床栄養学者中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)は、英語版と中国語版が相次いで出版され、全世界で読まれている。