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スポーツウエルネスの未来を創造する管理栄養士・栄養士に求められる資質・能力とは?
2020.06.12
コラム
投稿者:清野 隼 / Seino Jun
みなさん、こんにちは。
筑波大学スポーツウエルネス学学位プログラム特任助教の清野です。前回のコラムではスポーツウエルネスにおける栄養専門職に求められる資質・能力について取り上げました。そんな答えのない?テーマでしたが、今回はもっと答えのないテーマをみなさんと一緒に考えていきたいと思います。「どんなアプローチが行動変容に効果的?」みなさんの考えはどうでしょうか?
どうしたら食べてもらえるか?-クライアントを目の前にして、そんな質問を自分に投げかけたことはありませんか?もしくは、クライアントから相談されたこともあるかもしれません。栄養専門職であれば、一度はこのような質問に答える局面を経験する人は多いのではないでしょうか。私は競技スポーツに長く携わっていますが、特に育成年代を指導するコーチや保護者の方々のお立場で、選手ならびにわが子を大きくしたいと強く願うあまり、「どうしたら『食べさせられる』か」という、強要観念が知らず知らずのうちに働いているのでは・・・と感じるときも多々ありました。「食べなさいって言っても、全然食べないんです」という保護者の方のお悩みを何度も聞いたことがあります。
例えば、表1を一緒にみていきましょう。私は行動科学が専門ではありませんが、大変興味深い、スポーツ栄養に関する行動変容技法の有効性を検証した文献がありましたので、簡単にご紹介します。
この研究は、システマティックレビューによって、スポーツ栄養に関する16の介入における有効性と、19の異なる行動変容技法を抽出し、一覧にしてまとめています。この中で、最も一般的に導入されている技法は,順に「行動の実践に関する方法論の指示」、「ヘルスコンセンサスの情報提供」、そして「信頼できる情報源の確立」であるとされています。その他には、「デモンストレーション」や「目標設定」、「セルフモニタリング」、「行動に対するフィードバック」なども有効であると示されてあります。先述したようなコーチや保護者の「食べてほしい」という思いを、単純に「指示」するのではなく、具体的な方法を示した上で指示することは、その選手の行動変容を促してくれるのかもしれません。また、栄養専門職として、国家資格である管理栄養士や専門学位を取得することは、信頼できる情報源の確立に繋がり、行動変容に導く手助けになるかもしれません。さらには、一緒に目標設定を行うことや、適切なフィードバックを行うこと、バランスの良い食事のデモンストレーションを示すことなども、有効な方法であるかもしれません。「信頼できる情報源の確立」が、行動変容として有効なのであれば、やはり食事に関することについては、栄養専門職の指導が求められる要因でもあると思います。
表1 スポーツ栄養の介入に使用される行動変容技法
引用文献:Meghan R.N. Bentley, Nigel Mitchell, Susan H. Backhouse. (2020) Sports nutrition interventions: A systematic review of behavioural strategiesused to promote dietary behaviour change in athletes. Appetite,150(1): 104645.
しかし、Meghan et al.(2020)は、この結果に注意を促しています。それは、表1で示されてある技法でも、有効性が示されなかった介入も報告されているということと、その有効性を示す数が少ない技法も多々あること、さらにこの有効性のアウトカムは、介入前後におけるエネルギー摂取量や微量栄養素の摂取量などの「食事摂取量」が主のものが多く、介入後も続いたかどうかという長期的な変化をみた有効性ではないものもあるということです。さらに、Meghan et al.(2020)は、介入後の選手の食行動に変化がみられ、有効であったと述べられている多数の報告に対し、「選手が、日々の練習の中で継続的にこれらの結果を実践しなければ無意味である」とも述べています。実際に、過去10年間でスポーツ栄養分野における出版物やガイドラインは急激に増加していますが、選手のスポーツ栄養に関するアドヒアランス(※)は低いことが問題として複数報告されています(Ali et al.,2015;Ghloum and Hajji.,2011;Krempien and Barr.,2011)。
私たちは、「そのとき」の選手の行動を変えたいのでしょうか。
※アドヒアランス:上記の参考文献では、「目的を理解した上で,自ら主体的に規則を遵守すること,それに伴い長期的に継続できること」という意味で示されています。
食育基本法(2005)では、食育を「知育,徳育及び体育の基礎となるべきもの」であり、「心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるもの」と定められています。もちろん、「そのとき」に効果的な「指示」を出して、すぐにでも対応してもらわなければいけない局面も多々あります。変えてほしい行動について、我々が適切に指示することで、現場の変革を促し導くこともできます。ただ、それが「そのとき」で終わるのではなく、どうしたら継続的に選手やクライアントが続けていくことができるか?アドヒアランスを高めて、自律的に行動を起こしていくことができるか?そんなことが、私たちの関わりに求められているような気がします。食育基本法が定めるように、またMeghan et al.(2020)が指摘するように、私たち栄養専門職は、食を通じて、健全な心と身体を生涯にわたって培い、豊かな人間性を育んでいくことが求められています。では、具体的にどうしたら良いのでしょうか・・?行動変容に有効だと示されている、「行動の実践に関する方法論の指示」を繰り返すのも、現実的ではないような気もします。
次回のコラムでは、そんな問いに対して、私が今、実践研究を通して考えている「自己決定理論」に着目した「自律性」の育成を伴う栄養に関するコーチングの在り方について、一緒に考えていきたいと思います。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
筑波大学スポーツウエルネス学学位プログラム特任助教
当社スポーツ栄養アドバイザー
専門:コーチング学、スポーツ栄養学
資格:スポーツ栄養士、管理栄養士、NSCA-CPT、CSCS
管理栄養士やスポーツ栄養士教育、事業マネジメントなどに従事し、
トップアスリートのみならず、ジュニアスリートなども含め、多くの
対象者にスポーツ栄養のコーチングを実施している。