最先端の業界情報を
発信するメディア

どうしたら栄養指導を通して、自律性を高められる?

みなさん、こんにちは。

筑波大学スポーツウエルネス学学位プログラム特任助教の清野です。前回のコラムでは、どんなアプローチが行動変容に効果的かどうかを一緒に考えてきました。今回のコラムでは、「行動を変える」ことにアウトカム※を置くのではなく、栄養指導を通して「自律性を高める」ことにアウトカムを定めて、考えていきたいと思います。

※アウトカム:成果、効果、影響などを意味する。

行動とは?

みなさんにとって、今の自分の行動は、自分の意志(意思)で行っていることでしょうか?

例えば、小学生や中学生が授業を通して課せられる「宿題」。これは、自分の意志とは全く関係なく、強制的にでも行なわなければならない、いわば義務と捉える生徒も少なくないと思います。私自身、「夏休みの宿題」を思い返すと、嫌で仕方がなかったですが、自分にムチを打ってでも真っ先に片づけて、自分がやりたいことや遊びたいことを無我夢中になってしていた記憶が蘇ります。結果的に、その嫌でも行っていた「宿題を片付ける」という行動が、今の自分の糧になっているというのも、不思議なものです。
また、例えば、今この記事を読んでいるみなさんは、自分の意志で読まれているでしょうか?もしそうであれば、私が書いているこの内容も物足りないものと感じて、すぐに読み終えてしまうかもしれませんが、一方で誰かに「読みなさい」と指示されて読んでいる方にとっては、苦痛でしかないかもしれません。
Michie et al(2011)は、行動について、「その人の持つ能力や、関わり、機会、および動機間の相互作用による結果として行なわれる機能」と示しています。つまり、行動とは動機間の相互作用によって、「結果的に変わるもの」と捉えることができ、いわゆる動機づけが成されることによって、その行動は促進されるものと考えることができます。

自己決定理論によれば・・・

動機づけについて、外発的と内発的な動機づけは連続しているものであり、自らの意志で意味のある自己決定を行うことが重要であるということをまとめている理論があります。それを「自己決定理論(Ryan and Deci., 2017)」と呼びます。この自己決定理論は、膨大な先行研究で成り立ち、とてもこのコラム内で詳細に触れることのできる内容ではありませんので、もし知りたいという方は、是非参考書籍をご覧になっていただければと思います。その自己決定理論を構成する下位理論の中に、「基本的心理欲求理論」と呼ばれる理論があります。簡単に解説すると、ヒトには「有能感」、「関係性」、そして「自律性」の3つの基本的心理欲求が存在し、その3つの欲求を充足することによって、自律性を高めることに繋がると考えられている理論です。
●有能感への欲求・・・主に、自身が置かれている環境の中で、効果的に自分の力を発揮し自分の有能さを示したいという欲求
●関係性への欲求・・・主に、他者と良好な関係をつくり、重要な他者からケアされたり、またその他者のために何かを貢献したいという欲求
●自律性への欲求・・・主に、自分の経験や行動を自らの意志や考えで決定したいという欲求

これら3つの欲求のうち、最も中核と考えられる欲求が、「自律性への欲求」であると考えられており、さらにNg et al.(2012)が報告しているシステマティックレビューによれば、これらの欲求は自律性支援によって満たされ、精神的・身体的健康が高まり、適切な体重管理や健康的な食習慣などの行動変容もみられることが示されています。したがって、例えば、栄養士や管理栄養士がクライアントに対して栄養指導を行う際に、単純に知識を伝えたり、行動を指示したりするだけではなく、自律性支援による関わり方を行うことによって、クライアントそのものの基本的心理欲求を充足させ、自律性を高めることに繋がるのではないかと考えています。

実際に現場で実現するには・・・

ちょうど今、この自己決定理論に着目して、実際にアスリートに対して栄養指導を行った結果、どのような変化が見られたかどうかを検証する実践研究を行っていますが、その中で新しい課題も見えてきました。また論文が公開されましたら是非共有したいと思いますが、すぐにでも競技力向上を実現したいアスリートについては、この自律性支援だけではどうにも解決できない問題が多々あるということです。アスリートである以上、競技力向上が最も優先順位の高いニーズであると思いますが、そもそも自律性支援による自律性の向上とは、いわば「人間力」といった非認知能力として捉えられるもので、その変化には非常に時間がかかります。したがって、競技力向上と人間力育成のダブルゴールを目指した関わり方の実現を目指していく必要があるのではないでしょうか。図子(2014)はこのダブルゴールの実現こそが、「コーチング」であると定義しています。
栄養士や管理栄養士が行う競技力向上と人間力育成のダブルゴールを目指したコーチングの在り方を考える上で、非常に参考になる文献(Jochen Delrue et al., 2019)があります。Jochen Delrue et al(2019)  は、この論文でサーカムプレックスアプローチというヘリコプターのような視座でコーチングを行うことの重要性を示しています。その概要を示したものが図1になります。

図1 コーチングのサーカムプレックスアプローチ

引用
Jochen Delrue et al.(2019) Adopting a helicopter-perspective towards motivating and demotivating coaching: A circumplex approach. Psychology of Sport and Exercise, 40:110-126.

 

 

次回が連載コラムの最後になりますが、この図1で示されたサーカムプレックスアプローチをもう少し詳しく解説し、栄養士や管理栄養士がアスリートに行うコーチングの在り方について、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

 

文献
Jochen Delrue et al.(2019) Adopting a helicopter-perspective towards motivating and demotivating coaching: A circumplex approach. Psychology of Sport and Exercise, 40:110-126.

Ng, J. Y. Y., et al.(2012)Self-determination theory applied to health contexts: A meta-analysis. Perspectives on Psychological Science, 7,:325-340.

Ryan, R.M., and Deci, E.L. (2017) Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development and wellness. New York: The Guilford Press.

S. Michie, v. Stralen, M. Maartje, R. West (2011) The behaviour change wheel: A new method for characterising and designing behaviour change interventions Implementation Science, 6 (1) 42.

図子浩二(2014)体育方法学研究およびコーチング学研究が目指す研究のすがた.コーチング学研究,25:203-209.

 

 

清野 隼

筑波大学スポーツウエルネス学学位プログラム特任助教
当社スポーツ栄養アドバイザー

専門:コーチング学、スポーツ栄養学
資格:スポーツ栄養士、管理栄養士、NSCA-CPT、CSCS
管理栄養士やスポーツ栄養士教育、事業マネジメントなどに従事し、
トップアスリートのみならず、ジュニアスリートなども含め、多くの
対象者にスポーツ栄養のコーチングを実施している。

あわせて読みたい関連記事