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栄養専門職がアスリートに行うコーチングの在り方とは?

みなさん、こんにちは。

 

筑波大学スポーツウエルネス学学位プログラム特任助教の清野です。早いもので本連載も最後になってしまいました。前回のコラムでは、どうしたら栄養指導を通して、クライアントの自律性を高めることができるかを考えてきました。そしてその中の最後で、サーカムプレックスアプローチ(Jochen Delrue et al., 2019)についてご紹介しました。今回はその内容を簡単にご紹介した上で、栄養士や管理栄養士などの栄養専門職が、アスリートに対して行うコーチングの在り方について、一緒に探求していきたいと思います。

 

ヘリコプターの視座にたって行う指導?

Jochen et al(2019)は、サーカムプレックスアプローチを通して、コーチがヘリコプターの視座にたってアスリートと関わることに言及しています。ヘリコプターの視座って一体何?と思う方がほとんどかと思います。まず、視点、視野、そして視座といった「観点の違い」を理解する必要があります。より、個の深層に焦点をあてることとしての視点、その周辺として捉える視野、そしてそれを第三者として客観的に把握する視座。どれも同意に聞こえるかもしれませんが、コーチングを行う上で、この「観点を区別する力」を有しているか否かは、とても大切ではないかと現場で指導を行いながら感じています。その視座をヘリコプターのようにってどういうこと?・・・と、余計に意味がわからなくなってしまうかもしれませんね(笑)。以下の図は、前回のコラムでも引用したサーカムプレックスアプローチの概念図になります。

図 コーチングのサーカムプレックスアプローチ

サーカムプレックスアプローチは、自己決定理論(Ryan and Deci., 2017)を基に4つの異なるスタイルと8つの具体的なアプローチ方法を示し,それらのスタイルとアプローチをヘリコプターのように意図的に、かつ戦略的に循環させながら俯瞰した視座でコーチングを行うということで述べられています。

 

コーチングの4つのスタイルと8つの具体的アプローチとは?

それらの4スタイルと、8つの具体的アプローチは、以下の通りに示されています。

 

自律支援;対話型、アスリート視点

構造形成;ガイド、明確化

操作;厳しさ、横暴

混沌;放棄、自由

 

栄養専門職がアスリートにコーチング(競技力向上と、人間力育成のダブルゴールを目指した関わり;図子,2014)を行う場合、例えば「動機づけを促進させて食に対する自律性を高めたい!」と考えるのであれば、自律支援を行い、食の指針を示して構造形成するという方法が有効な関わりの一つになるでしょう。一方で、「すぐにでも水分補給をさせたい!」と考えるのであれば、厳しく指示を出し、選手を操作することも必要でしょう。さらに、例えば、全て自分で食事を作って、考えて食べることができるという、完全に動機づけされたアスリートであれば、場合によっては関わりを放棄し、自由を与え、その中で自立支援を行いながら、競技力向上に必要な栄養の情報を端的に指示し、明確化するような在り方も必要になるかもしれません。

一見、放棄して自由を与えて、選手を混沌とさせることが「悪い」と見えがちかもしれませんが、これらのスタイルは良し悪しで捉えるものではなく、段階的にヘリコプターのようにプロペラを回しながら変化をさせていくことが大切だと考えられています。しかも、それが単純にプロペラを回すのではなく、目的や高度、風、天候などいわゆる状況に応じて、計画的にかつ戦略的に対応できるようにすることが求められます。いわゆる、これが、ヘリコプターの視座に立って行うコーチングの在り方ではないでしょうか。

 

「好きなように食べていいですよ、想うがままに」

「好きなように食べていいですよ、ただし、リカバリーを最優先に考えて」

「必ず、主食、主菜、副菜、汁物、乳製品を揃えて食べてください」

「どうやってチョイスすれば、最も良くリカバリーに繋がるでしょうか?」

 

・・・さて、このような投げかけは、果たしてどのコーチングスタイルに該当するでしょうか・・?

読者のみなさんにとって、私の固定概念をお伝えするのは良くないかと思いますので、敢えて答えについては言及しませんので、是非、みなさんの観点で創造(想像)してみてください。

 

栄養専門職だからこそできるコーチング

 この考え方は、アスリートとコーチの関係性について示されていますが、栄養専門職にとっても同じように考えられるものだと、私は思っています。端的に指示を出して操作し、食行動を即時的に変えて構造化することも計画性の中で必要かと思いますが、栄養サポートや食事指導に求められる根本的なものは、もっと長期的なものではないでしょうか。それが、前々回のコラムで触れた、自律性や主体性、アドヒアランスであって、“食育”という「知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」であり、「心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるもの」(農林水産省,2005)として位置付けられている食を通したコーチングの在り方ではないかと、私自身は考えています。アスリートに“指示”を出さないと、不安で仕方がないと思うことも多々ありますが、伝えようとしたことを一度のみ込んで、その上で、「本当に伝えなければならないことは何だろう?」と投げかけて長期的な変容を見据えた一言を搾り出す・・・そんな瞬間瞬間の積み重ねを根気強く現場で続けていきたいと、切に思う次第です。

公益財団法人日本オリンピック委員会は、「人間力なくして、競技力向上なし」をスローガンに掲げ、“JOC GOAL & ACTION FOR TOKYO 2020”のなかでは人間力の育成を根本的な土台として据えています。食育という人間力そのものを育成できる考え方と、そして自然科学を活用したEvidence based sports nutritionの両輪をかけもつ栄養サポートは、コーチングとしてまさにこのダブルゴールを達成するべく求められるものであると思います。これからのスポーツウエルネスを創造していく栄養専門職として、読者のみなさん(私自身も含めて)が、是非その可能性を追求し続けて、その理論知と実践知を積み重ねていくことを願っています。

 

文献

Jochen Delrue et al. (2019) Adopting a helicopter-perspective towards motivating and demotivating coaching: A circumplex approach. Psychology of Sport and Exercise, 40:110-126.

公益財団法人日本オリンピック委員会JOC GOAL & ACTION FOR TOKYO 2020.(参照日2020年8月4日)

農林水産省(2005)食育基本法.(参照日2020年8月4日)

Ryan, R.M., and Deci, E.L. (2017) Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development and wellness. New York: The Guilford Press.

図子浩二(2014)コーチングモデルと体育系大学で行うべき一般コーチング学の内容.コーチング学研究,27:149-161.

 

 

 

清野 隼

筑波大学スポーツウエルネス学学位プログラム特任助教
当社スポーツ栄養アドバイザー

専門:コーチング学、スポーツ栄養学
資格:スポーツ栄養士、管理栄養士、NSCA-CPT、CSCS
管理栄養士やスポーツ栄養士教育、事業マネジメントなどに従事し、
トップアスリートのみならず、ジュニアスリートなども含め、多くの
対象者にスポーツ栄養のコーチングを実施している。

 

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