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2025.03.24
コラム
投稿者:中村 丁次
近年、「健康な食事」に注目が集まっている。健康的な食事の継承が病気の発症率も全疾患による死亡率も低下させることがわかってきたからだ。ところが、「健康な食事」の定義が曖昧で具体的な基準がないとの指摘があった。
2024年10月24日、FAOとWHOは、ついに「健康な食事とは何か」の共同声明を発表した1)。声明文によると「健康な食事」として、原則となる4つ言葉を提案している。それは、「適切」、「バランス」、「適度」、さらに「多様性」である。「適切」とは、全ての栄養素が十分に摂取できることであり、その基準はすでに示されている「日本人の食事摂取基準」になる。つまり、推奨量と許容上限量の幅のなかに、すべての栄養素が入るように調整することになる。
「バランス」に関しては、第一に摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスを保ち適正な体重を維持することである。このバランスは結局、体重の変化に現れるので、やせにも肥満にもならず適正な体重が維持できるように、消費と摂取のエネルギーバランスをとる。具体的にはBMIが18.5kg/m2から25kg/m2の幅に入るようにする。消費エネルギーより摂取エネルギーが不足する食事が長期に及ぶと、体脂肪や筋肉が減少すると同時に、多様なビタミンやミネラルの不足状態を招くことにもなる。過剰摂取になれば、体脂肪が増大して脂質異常、高血糖、高血圧等になるリスクが高まり非感染性疾患(生活習慣病)を発症させるリスクになる。第二の「バランス」は、3つのエネルギー産生栄養素の割合である。つまり、タンパク質、脂質、炭水化物の適正なバランスを保つことが重要になる。
それによると、エネルギー比で、タンパク質は10~15%、脂質は15~30%、さらに炭水化物は45~75%のバランスを保つべきだとしている。これらのバランスが崩れて、タンパク質が少なくなればタンパク質とアミノ酸の欠乏となり、過剰になると腎臓への負担が大きくなる。脂質が少なくなると必須脂肪酸欠乏症が起き、多くなると異常な体脂肪の増加になり、炭水化物が少なくなるとエネルギー不足が起こり、供給源である穀物やイモ類の摂取量が減少することから、これらに含まれるビタミン、ミネラルの欠乏症が起こり易くなる。逆に炭水化物の割合が多くなると高血糖になる。
「適度」とは、食塩、糖類、動物性脂肪の摂取量が過度にならないように摂取することと、食物繊維を適度に摂取することである。食塩、糖類、動物性脂肪の実際の摂取量が過度に多く、食物繊維の摂取量が過度に少ないからである。
「健康な食事」の最後のキーワードは、「多様性」である。例えば、食品には炭水化物が多い穀物、イモ類があり、タンパク質が多い肉類、魚介類、卵、豆類、大豆製品があり、ビタミン・ミネラル類が多い野菜、果物、海藻、きのこ類、乳製品などがある。それぞれの食品には、含有している栄養素に特徴がある。したがって、すべての栄養素を過不足なく摂取するには、食品の群間や群内で、できる限り多種多様な食品を選択することが重要になる。多様な食品を選択すればするほど、栄養の摂取状態は良好になり、非感染性疾患の発症率も死亡率も低下させることが報告されている。
さらに、多様な食品選択をすれば、食材となる動植物、つまり生物の多様性を維持することに貢献でき、温室効果ガスの排出を減らし、天然資源である土地と水、さらに森林保護にも良い結果をもたらすことになる。近年の合理的食事は、食品の多様性を否定する傾向に有ることから、伝統的な食品や郷土料理、さらにお祭りや各種行事に提供される伝統的な食品や調理法を保護していくことが重要である。
2024年10月14日から3日間、ローマのFAO本部で開催された「世界食料フォーラム:World Food Forum(WFF)」では、大会スローガンとして下記の文章が掲げられた。
“Foods Stand for Diversity, Nutrition, Safety, Sustainability, Affordability, Quality, Inclusivity and Accessibility”
「食品は、今後、多様性、栄養、安全性、持続性、入手の可能性、質、包括性、さらに容易なアクセスを目指す」
地球の温暖化が進む中、環境と栄養の議論が活発化しつつあり、3つの点が注目されている。第一はフードロスをなくする無駄のない食品システムの構築であり、第二は食品システム全体における合理的農業、飼料、食品加工、流通、さらに家庭からの廃棄物の減少と再利用である。そして、第三が食事の質的改善として、家畜による温暖化効果ガスの発生抑制と動物性食品の制限である。
従来、栄養改善の指標に動物性たんぱく質の割合が活用されてきた。タンパク質の質を示すアミノ酸価が、動物性食品の方が優れているからである。しかし、動物性食品の摂取割合を高めることはCO2の排出量を増大させて地球環境に負荷をかけることになる。
フランスの植物科学研究所のアントワーヌ・マルタン氏は、CO2濃度の上昇は、植物の炭水化物の量を増加させるが窒素濃度を低下させてタンパク質の含有量を減少させると述べている。温暖化により各種のミネラルの含有量も減り、将来、世界中で、これらの栄養欠乏症に約10億人が罹患し、食料・栄養安全保障に重大な影響を与えると警告している。
例えば、温暖化によりビタミンK、ビタミンE、ビタミンB群、ビタミンC、カロテノイド、カルシウム、カリウム、鉄、亜鉛、マンガン、植物ステロールなど、多くの栄養素が減少することが分かってきた。つまり、地球の温暖化現象は気候変動をもたらし、農作物の産生に悪影響を与えているが、それと同時に植物食品の栄養的価値も低下させていることになる。
文献
1)国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所:「健康的な食事とは? 国際連合食糧農業機関と世界保健機関による共同声明」
https://www.nibiohn.go.jp/activities/news_who/documents/Healthy_Diets_Jonit_Statement_WHO_and_FAO_2024_JP.pdf
2)Antoine Martin: The decline of plant mineral nutrition under rising CO2: physiological and molecular aspects of a bad deal, Trend on Plant, 28,185-198, 2023
中村丁次(なかむら ていじ)
一般財団法人 日本栄養実践科学戦略機構 代表理事理事長
1972年徳島大学医学部卒業。新宿医院、聖マリアンナ医科大学病院で臨床栄養を実践。1978年より東京大学医学部に研究生として在籍し、1985年に博士号を取得。学位論文のテーマは「健常過体重者の摂食行動と身体活動状況に関する研究」。
2003年神奈川県立保健福祉大学教授に就任。栄養学科長、学部長を経て、2011年から2023年3月まで学長を務め、2023年4月より神奈川県立保健福祉大学名誉学長。
2008年第15回国際栄養士会議(ICD2008)組織委員長、2022年第8回アジア栄養士会議(ACD2022)組織委員長。
約100年にわたる日本の栄養政策の歴史の後半部分に直接関わってきた功績は、「東京栄養サミット2021」の冒頭で行われた岸田首相(当時)のスピーチでも紹介された。国際的にも栄養学の第一人者として広く知られている。著書の『臨床栄養学者中村丁次が紐解くジャパン・ニュートリション』(第一出版)は、英語版と中国語版が相次いで出版され、全世界で読まれている。