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「食器の色が食欲や心理的おいしさに与える影響」第1回

「おいしさ」の要因

第1回目は食欲と「青色」の謎に迫ります。

フードビジネスに携わる皆様にとって、お客様に提供する一皿は、単なる食事を超えた、五感すべてに訴えかける「体験」であり、その感動がお客様の記憶に深く刻まれることが成功の鍵となります。この「おいしさ」を構成する要素は、味覚、嗅覚、聴覚、触覚、そして圧倒的な存在感を放つ視覚です。ある研究によれば、おいしさを判断する時の人の五感の働きを割合で示すと、視覚は実に87%を占め、味覚はわずか1%に過ぎないとも言われています。このデータが示す通り、料理の色合い、盛り付け方、さらには料理を盛る食器や周囲の環境まで、すべてが無意識のうちに私たちの食欲や心理的なおいしさに強力な影響を及ぼしているのです。

色彩が食欲に与える心理学的・生理学的影響

色彩が人間の心理や生理に与える影響は、科学的な研究によって長年にわたり解明されてきました。色彩心理学の観点から見ると、色は単なる光の波長の違いではなく、私たちの感情や行動に直接働きかける強力なシグナルです。食欲に関して言えば、このシグナルは特に顕著に現れます。

一般的に、太陽や炎、熟した果実を連想させる暖色系の色、例えば赤やオレンジ、黄色などは、食欲を強く増進させる効果があると考えられています。これらの色は、脳の視床下部に直接作用し、食欲を司る神経を刺激するとされています。赤は食欲を刺激するだけでなく、代謝を高め、心拍数を上げる効果があるとされ、レストランのロゴや内装に多用される理由の一つです。オレンジは太陽やビタミンを連想させ、活力を与え、食欲を促します。黄色は明るく、幸福な感情を呼び起こし、消化を助ける働きも指摘されています。

一方、冷たい海や空を連想させる寒色系、特に青色や紫色は、食欲を減退させる色として広く知られています。この現象には、進化生物学的な背景があるとされています。人類の祖先が暮らしていた時代、自然界において青い食べ物は極めて稀でした。青は、未熟な果実や腐敗した食物、あるいは毒を持つ生物の色として認識されることが多く、生存本能として青いものに警戒し、口にしないようにプログラムされてきたのかもしれません。この心理的な反射は、現代においても私たちの深層心理に根強く残っており、青系統の照明が食欲を著しく減退させるという研究報告も多数存在します。したがって、フードビジネスの場においては、通常、青色は避けるべき色とされてきました。

染付が世界を魅了した歴史的・文化的背景

しかし、この普遍的な色彩心理の法則に、大きな矛盾を投げかける存在があります。それが、世界中で愛用されてきた「染付(そめつけ)」です。染付とは、白い磁器の素地に、コバルトを主成分とする顔料(日本では呉須と呼ばれる)で絵柄を描き、その上に透明な釉薬をかけて高温で焼き上げることで、美しい青色に発色する焼き物です。

食事に食器や食具を用いるという文化の起源は紀元前8500年頃の新石器時代にまで遡るとされていますが、丈夫で便利なものを求めて改良が重ねられただけでなく、食卓をより華やかに演出し、料理をよりおいしく食べるために、食器に装飾を加える文化も発展していきました。その中で最も実用的でシンプルかつベーシックな装飾食器として発展したのが「染付」です。「染付」は、元時代(14世紀前半の中国)に景徳鎮窯(けいとくちんよう)で「青花(せいか)」として誕生したといわれています。それ以降、染付磁器はシルクロードや海の道を通り、世界中に広まりました。その透明感のある白磁と、深く落ち着いた青色のコントラストは、西欧の人々にとって東洋の神秘的な美意識を象徴するものでした。17世紀には、日本の有田焼(伊万里焼)が独自の発展を遂げ、その精緻な絵柄はヨーロッパの王侯貴族の間でブームを巻き起こし、富と権力の象徴として競って収集されました。

食欲を減退させるはずの青色が、なぜこれほどまでに人々に愛され、和食を始めとする様々な料理の盛り付けに用いられてきたのでしょうか。これは、単なる流行の問題では片付けられない、より深い謎を私たちに突きつけています。この謎を解き明かすことは、食器の選択が料理の価値をいかに高めるか、その科学的な根拠を理解することに繋がります。

本研究の目的と科学的アプローチ

この疑問から出発したのが、4回に渡ってお伝えする一連の研究です。私たちは、染付の青色が持つ独特の美しさが食欲や心理的なおいしさにどのように作用するかを、科学的な手法で解き明かすことを目的とし、さまざまな角度から調査を行いました。単に「青い」という抽象的な概念ではなく、以下のような具体的な要因を一つひとつ検証していきました。

皿に占める青色の「割合」: 白地と青色のバランスが、食欲にどう影響するか。

料理との「相性」: 温かい料理、冷たい料理、あるいは食材の色との組み合わせはどうか。

青色の「彩度」: 鮮やかな青と、落ち着いた渋い青では、印象がどう変わるか。

「絵柄」の種類: 植物柄、幾何学模様、風景柄など絵柄でおいしさは変わるのか。

絵柄の「大きさや配置」: 視覚的なインパクトや見え方は、食欲をどう左右するか。

青色の食欲増進効果

初回は1つだけ研究結果をお伝えします。青色に食欲増進効果が認められるのかを確かめるため、まったく同じ絵柄で青・赤・緑の小皿を焼成し、漬物を盛り付けて食欲の増減を比較調査しました。

図1 異なる色の絵柄皿に漬物を盛り付けた様子図1 異なる色の絵柄皿に漬物を盛り付けた様子

 

その結果、青い絵柄皿は全ての漬物で最も食欲を増進させました。この調査はフルーツでも試しましたが、4種類のフルーツ全てで青色の絵柄皿は食欲を大きく増進しました。他色と比較しても青い絵柄皿は多くの料理と相性が良いことがわかりました。

図2 漬物において絵柄の色が食欲に与える影響

 

この一連のコラムでは、これまでの一般的な常識を覆す、青い絵柄の食器の効果を解説します。フードビジネスに関わる皆様が、お客様に提供する一皿を、単に「おいしい」だけでなく、「心から満たされる」と感じていただくための新たなヒントになればと思います。次回からは、具体的な研究結果を基に、その謎を一つひとつ解き明かしていきます。

 

川嶋比野

戸板女子短期大学教授
実践女子大学大学院卒
学位: 博士 食物栄養学
資格: 管理栄養士

大学院修士課程卒業後、食品総合商社でレストラン等へのメニュー提案業務や惣菜商品開発を経験。その経験を活かし、さまざまな専門学校や大学でフードコーディネートや調理の授業を担当する講師となる。 2009年からは、食器の色と絵柄と美味しさの関係の研究を始め、その研究結果をまとめて実践女子大学大学院にて博士(食物栄養学)の学位を取得。2012年より戸板女子短期大学の専任教員となり、現在に至る。

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