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授業で伝える本物、生きた教材

第一回目は、おいしくあること、安全であることに関し、第二回目は行事や学校の生活・活動を子どもたちが楽しめることに関し、給食のできることについてお伝えしました。今回は給食にだけでなく、学校・教科へ広がる「生きた教材」として本物と出会える食育についてお伝えしたいと思います。

本物と出会う食育、「生きた教材」

国語・算数のような学びは、将来、仕事によっては使わないで忘れても済むかも知れません。しかし、「食」に関わることは生涯必要なことですから、生涯、忘れられたくはありません。ですから心に残していきたいのです。
そのためには、直接、心に伝わり残るための体験をめざし、本物に出会うことを心掛け計画をしていました。では、単なる知識だけの場合と、知識だけではなく自ら実践し体験すること、どちらが心に残るでしょうか? 「生きた教材」ともいわれますが、本物を通して、子どもたちに伝え、心に残してほしいと考えていました。

本物を育て、本物を食べる

2年生の夏野菜作りでは、農家の方が、畑の作り方、種の蒔き方、水のやり方などなどを具体的に優しく教えてくださいます。それを守って実践していくと本当に本物の野菜が実るのです。そして、収穫して食べることが出来るのです。それは特別な思いが入った野菜です。形がどうであろうと色がどうであろうと好きな野菜であろうと、なかろうと特別です。
収穫した野菜でピザを作りました。「トマトなんて触るのもイヤ」と嫌っていた子どもがいましたが、育てたトマトを切って、クラフトに乗せ、体験して関心が生まれることでハードルはすっかり下がりました。そして焼き上たてのピザを、かぶりついたのです、「このトマトは特別だから」と。

 

収穫し家庭に持ち帰ってお家で調理して食べることもうれしいのですが、家庭は様々な環境にあります。もしかしたら、このイマイチな見た目の野菜など調理してくれないかも・・・。忙しくて日延べされ、おいしさが半減した頃に食べることになるかもなど格差がでることもありえます。そこで、私は可能な限り校内で授業として調理する機会をつくっていました。
秋・冬には小松菜を栽培して小松菜を使ったケーキを作り食べます。野菜もケーキになると、とても魅力的です。どちらの実習も保護者と給食室の力を借りて実施していました。

 

本物の人と出会う

本物というのは、「人材」も含みます。その道のプロの方々から直接指導を受けて、やってみる。指導を受けること自体が、一番の体験なのです。この時、子どもたちにとって指導してくださる農家の方は、プロのすごい方となって心に強く印象を残します。例えば3年生で行う小麦の栽培では、麦が踏まれることで、より強く立ち直れることが伝えられます。そして本物と出会った体験は、家族などの人に伝えられます。人に伝えることは、時には自分で確認していくことにもなりますが、自ら将来の自分に伝えることともなります。

 

 

3年生の国語では大豆の活用について書かれた文章「すがたをかえる大豆」にあわせて、枝豆の栽培と、キッコーマンの醤油塾の授業を行いました。大豆が姿を変えて醤油になる様子をプロの方から伝えていただけると新しい発見もたくさんあり、醤油の原料は大豆だと印象づきます。その一方で、醤油をつくる「麹菌」の存在は5年生になって家庭科で学習する日常的な伝統食である「ごはんとみそ汁」の授業につながります。自分に伝えられた体験は、学年を隔てても積み重ねられた体験・学習となり、さらに強く印象に残ることになります。
こういった継続的な学習は担任等の教員では見えにくいのですが、栄養教諭として全学年と関わっているとよくわかります。食育の取り組みは各学年の年間学習計画につながりをもたせ体験を重ねられるので、栄養教諭の存在が大きいと感じて実践していたことの一つです。

田んぼを造る

体験活動の中でも私のこだわりの一つは、日本人として大切にしてほしい「米」に関わる体験で、早20年子どもたちと米作りを学校内で体験してきました。
バケツ稲から始め、職場が変わるごとに田んぼを造る場所を探して、空いてる池などに土を足して造ったり、校庭の改修があるときには田んぼを造ってほしいといつも要望してきました。小平第六小学校では、コンクリート製の鑑賞池にするために造られた場所があり水道もついていましたが、まったく使われている様子もないので、早々に管理職に許可を得て、地域の農家さんに土をいただき田んぼにしました。田んぼとしての環境は決して良い物ではありませんが、管理はしやすく、一応子どもが裸足で土に触れることは出来ました。
食育が注目されつつある時期だったので要望は実現されていきました。また、米作りの学習は5年生の社会科の学習の単元にあるため、お米に関する授業が無くなることはありませんでした。

 

棚田へ

このようななか、小平第六小学校の在任中に、たまたま校庭の隣の空き地(ブリヂストン技術センターの所有地)を学校で活用しませんかという話が持ち上がりました。このチャンスを活かさなければと田んぼへの要望を出しました。たまたまそこにはかつて子どもが遊んでいた「築山」が残っていました(空き地となる前は幼稚園の園庭でした)。そこで、せっかくなので築山を利用して棚田を造ろうとなっていきました。
私自身、農業の経験など全くないところで育ちましたが、給食で食べている米作り農家さんをきっかけに、長野県の方でとても幅広く農業と取り組んでいる方など、「プロ」であるさまざまな農家さんにサポートされて子どもたちと米作りの体験は続き、田植えから収穫、家庭科でごはんを炊いて食べるまで活動は広がっていきました。
やり方は様々ですが、それぞれの場所で、それぞれの食育を模索してきましたが、何年経験を積んでも「食」に関して知らなかったことや感動すること、そして取り組まなければならないことが出てきます。「食」の奥深さを感じます。

 

 

本物と出会うことは楽しい

栄養指導というバランスよく食べる、マナー良く食べるという指導から「食」を様々な方向から様々な形で伝えていくという考え方に社会も変わっていきました。その中で、生涯関わる「食」を通して、身体的に健康で、情緒的にもゆとりがある豊かな人生を送ってほしいと願っています。
当然、学校給食に関わる者として健康的であることは必須ですが、それだけでなく、本物と出会い、楽しく、心に残る「生きた教材」であることも食育には必須と考えます。またそれが前向きに、健康的な食に向き合えることと思います。ですから、どの場面でも子どもたちに様々なことが素直に浸透していく様子が見えるこの学習を、子どもたちと一緒にやっていける栄養教諭や学校給食の仕事は楽しくやりがいがあります。

画像提供 月刊「学校給食」

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