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「食器の色が食欲や心理的おいしさに与える影響」第2回
2025.12.12
コラム
投稿者:川嶋 比野
前回は、食器に占める青色の「割合」が、食欲に大きな影響を与えることをご紹介しました。今回はさらに一歩踏み込んで、料理の「温度」や「彩度」といった、より繊細な要素と、青色の食器がどのように相互作用するのかについて解説します。
以前に和食に絞って行った研究があります。この研究では、青色の割合が異なる3種類の染付皿(24%、41%、63%)に、「温かい料理(温菜)」と「冷たい料理(冷菜)」をそれぞれ盛り付け、食欲をどのように感じるかを調査しました。調査は被験者の主観的な評価に基づいており、食器の細かな違いが料理の印象にどう影響するかを明らかにしました。
(図1 使用した皿の青色の割合と分類)

全体として最も高く評価されたのは、青色の割合が41%の皿でした。この結果から、多くの和食には青色の割合が40%前後の染付皿が最適であるということが推察されます。特にこの皿は、温菜・冷菜の両方で高い評価を得ており、和食全般に使いやすい万能な食器と言えます。この割合の青を持つ皿は、青色と白地のバランスが良く、料理の温かさや冷たさ、そして素材の色を邪魔することなく引き立てる効果があると考えられます。
青色の割合が高い63%の皿は、彩りの鮮やかな金目煮のような料理は不向きですが、逆に、かぶの煮物や白っぽい食材は、コントラストが引き立つので適していることがわかりました。
(図2 評価の順位と食欲の増減の境界(和食の温菜・冷菜))
青色の割合が最も低い24%の皿では、温菜よりも冷菜の評価が有意に高いという結果が出ました。これは、青色が持つ「ひんやり」としたイメージが、冷たい料理の清涼感をより引き立て、おいしそうに感じさせるためだと考えられます。例えば、冷奴や刺身、冷製スープなど、料理自体が持つ「冷たさ」を視覚的に強調することで、より魅力的に見える効果があるのです。夏の暑い日に、青い器に盛られた冷たい料理を見ると、それだけで涼しさを感じ、食欲が湧いてくる、という経験は誰しもあるのではないでしょうか。これは、青色がもたらす心理的な効果の典型例です。
(図3 温菜、冷菜の種別が皿と食欲の関係に与える影響(対象群別))

また、この研究では、調査対象者を女子大学生、中高年、そして料理人経験者の3つのグループに分けて評価を比較しています。その結果、料理人が最も皿による評価の差が大きく、こだわりが強い傾向が見られました。これは、日頃から料理の専門家として、色や盛り付け、そして食器の選び方に真剣に向き合っているからこその結果と言えるでしょう。プロフェッショナルな視点から見ると、食器が料理の印象を左右する重要な要素であることが改めてわかります。
次に、青色100%の真っ青な皿において、青色自体の「彩度」、つまり色の鮮やかさが食欲にどう影響するかを検証した研究の結果をお伝えします。
第2回目のコラムで、「全体が真っ青な皿は、すべての料理で最も食欲を減退させる」という結果をお伝えしましたが、青磁皿は日本でも、伝統的に魅力的な食器として、和食や中華でよく使われています。相性の良い料理と悪い料理があるのではないかと思い、「高彩度(鮮やかな青)」の瑠璃釉(るりゆう)の皿と、「低彩度(渋く落ち着いた青)」の青磁皿、そして比較として、真っ白な白磁の皿に料理を盛り付け、食欲の評価を比較しました。ここでは、青磁がよく使われる中華と和食の、冷菜の赤と緑、温菜の赤と緑色が含まれる料理を盛り付けて調査しました。
(図 4 彩度の異なる皿に「花切りイカとキュウリの冷菜」を盛り付けた写真)

その結果、多くの料理で白磁の評価が最も高かったものの、青磁や瑠璃釉でも食欲の増進が見られることがわかりました。
(図 5 評価の順位と食欲の増減の境界)

また、低彩度の青磁皿の方が、高彩度の瑠璃釉よりも食欲を感じやすいという結果が得られました。この結果は、真っ青な皿の場合には、高彩度の青が持つ「人工的」で「冷たい」イメージが、自然な食材の色を邪魔してしまう可能性があることを示唆しています。しかし、瑠璃釉皿に白っぽい料理(かぶの煮物や鮪ちらし)を載せるとコントラストで料理が引き立ち、おいしそうに感じることがわかりました。高彩度の青色と相性の良い料理というのもあるわけです。ただし、多くの料理とは合わせにくく、特に赤色の温菜料理(エビチリや金目煮など)とは相性が悪いです。
青磁皿は多くの料理で食欲を増進させ、特に和食の冷菜や緑色の食材と相性が良いことがわかりました。一方で、瑠璃釉と同様に赤色の温菜料理を載せると食欲を減退させました。
このように真っ青な皿を使う場合には、料理の色と青色の彩度の違いを意識することで、より効果的な食器選びができます。

戸板女子短期大学教授
実践女子大学大学院卒
学位: 博士 食物栄養学
資格: 管理栄養士
大学院修士課程卒業後、食品総合商社でレストラン等へのメニュー提案業務や惣菜商品開発を経験。その経験を活かし、さまざまな専門学校や大学でフードコーディネートや調理の授業を担当する講師となる。 2009年からは、食器の色と絵柄と美味しさの関係の研究を始め、その研究結果をまとめて実践女子大学大学院にて博士(食物栄養学)の学位を取得。2012年より戸板女子短期大学の専任教員となり、現在に至る。