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歯科・栄養・リハがもたらす幸せの意味

摂食嚥下リハビリテーションに関わったきっかけ

連載3回目となる今回、僭越ながら私のケアマネジメントの職業経験と、栄養・歯科・リハの連携についてお話したいと思います。

私は今、大学院の教員としてケアマネジメントを専門に活動しています。その基盤となる経験は2003年頃、つまり介護保険制度が施行から間もない時期でした。ケアマネジャーは新設資格であるがゆえにロールモデルはおろか、先輩すらいませんでした。私の場合、無意識的に当時お世話になっていた歯科医師のA先生が専門職としての理想像になっていました。もしA先生との出会いがなければ、私はいまここにいないと思っています。

A先生は、大学院に勤務され、摂食・嚥下を専門領域として臨床と研究に携わっておられました。今日では摂食嚥下リハビリテーション、医療介護連携等は誰もが当然使う言葉となっていますが当時は決してそうではありませんでした。
それどころかケアマネジャーが主治医に連絡すると「何者かわからないが、何の権限があって連絡してくるのか。」と電話を切られることも珍しくありませんでした。そのような臨床上、「医療介護連携」の概念すら存在しない時代に、私は利用者の齲歯(う歯:虫歯)の治療をきっかけにA先生と知り合うこととなりました。

利用者のBさんは脳卒中で失語症、胃ろうを造設していました。Bさんに齲歯があったため、地区歯科医師会に連絡し助言を仰ぎました。
すると齲歯の治療はもちろんですが、併せて摂食嚥下リハビリテーションの必要性について示されました。当時の状況からそれは極めて珍しい対応でした。私は何が繰り広げられるのか全く想像できていませんでした。
A先生は「生活の全てにおいて総合的かつ統一的なケアが必要。」、「ケアマネジャーにはそれをしっかりと実行できるようにお願いしたい。」と仰いました。この経験は、ケアマネジャーとして初めて他職種から明瞭に期待される役割をオーダーされ、実践も通じて自覚していった出来事でした。

食事などの日常生活のアセスメントと、家族支援の大切さ

A先生は、Bさんのお宅を訪問するとまず毎回決まって明るくBさんの名前を呼んでギュッと握手し、次に奥様の方を向いて挨拶し、労い、奥様の体調を確認されました。
それからBさんの診察に入りました。A先生の後ろ姿をみて、私は患者との接し方、家族支援の概念と大切さを感じ取りました。利用者本位を基本的考え方とする介護保険制度では、長年家族支援の概念は軽視されがちでした。
その課題意識から私は2011年に居宅の利用者の家族支援の実態と課題について全国調査し、研究結果を厚労省のある会議に提出し教育への導入を要求しました。
家族支援が介護保険領域の教育に導入されたのは2016年からで、意外に最近のことなのです。現在の家族支援のカリキュラムもA先生との出会いがなければ実現していなかったかもしれません。

A先生が介入の戦略を練るうえで特に大切にされたのは患者の生活歴、嗜好、家族関係でした。Bさんが好まれる、焼肉をペースト状にしたものを作ってほしいとBさんの奥様に頼まれ、調理法も助言されました。とはいえ、Bさんの生活基盤と体調を良い状態に改善し維持できなければ摂食嚥下はうまくいきません。
それはケアマネジャーである私に指導されました。24時間の生活をA先生とともにアセスメントで共有し、例えばベッドと窓(光)やエアコンの位置、気温と湿度、座位保持時とベッド臥床時の姿勢(顎関節の位置の安定、足底の安定、不顕性誤嚥予防のための)保持のための用具の作り方、「食前食後の口の中全部磨き(いわゆる口腔ケア)」、口腔内の湿潤保持等の指導を受けました。当時は訪問リハビリも福祉用具の種類もまだ充実していません。今あるものでできる方法を工夫し、特別な費用もかかっていません。

次第にBさんの覚醒レベルは向上、表情は豊かになり、経口摂取も少しずつ可能なりました。ある日Bさんは帰宅したお嬢様に自然と「お帰り」と言い、お嬢様も「ただいま」と反射的に返事をしました。
当然次の瞬間大きな歓喜が湧きました。これは私の想像ですが、Bさんは発語できない間も、毎日お嬢様に対して心のなかで「お帰り」と言い続けていたのではないかと思います。お嬢様はBさんの言葉を二度と聞くことはないとあきらめていたはず。父が娘に「おかえり」といえる。それが叶ったことには、単なる1回の挨拶以上の大きな意味がありました。

栄養・歯科・リハの三位一体のケアへ

A先生がなさっていたことは、今日でいうリハ、栄養、歯科、介護、福祉用具の総合的な連携です。それを当時存在していた職種と道具を駆使してオーダーメイドで実現されていました。A先生は、「今後は保険制度のなかに口腔ケアが入っていく時代になる」、と仰いました。
実際に、その経過をたどったことはご存知のとおりです。そればかりか令和3年度介護報酬改定、障害福祉サービス等報酬改定では、経口維持加算など咀嚼能力等の口腔機能や、栄養状態を適切に把握しながら、口から食べる楽しみを支援する、多職種による取組みのプロセスが評価されるようになりました。

どこにいても栄養・歯科・リハの三位一体のケアが受けられる。このような多職種連携の体制が整備されたことは、実に画期的です。食にまつわる多職種連携が本人の心身機能の回復のみならず、家族の関係や希望にも直結することはA先生の取り組みからも明らかです。次は医療介護の同時改定です。栄養・歯科・リハ等多職種の連携が拓く未来の可能性の豊かさを感じ、期待が膨らみます。

 

石山麗子

国際医療福祉大学大学院 医療福祉経営専攻 教授
博士(医療福祉学)、主任介護支援専門員、社会福祉士


実践(福祉・介護の現場実践と厚生行政における介護保険制度改正)を経て現職。
ケアマネジメントの質の向上を実践・研究・教育の3つの側面から試みている。
実践の概略は次の通り。障害児入所施設、障害者就労支援、高齢者施設、
居宅介護支援事業所におけるマネジメントとシニアケアマネジャーとして140名のケアマネジャーを統括。
職能団体では、区・都・全国規模の各組織で常任理事に就任。
厚生労働省老健局振興課・介護支援専門官を経て、2018年4月より現職。
19年度に日本初のケアマネジメントを専門とした修士課程「自立支援実践ケアマネジメント学」を創設。
政府の委員会で委員を複数歴任。

著書
身近な事例で学ぶケアマネジャーの倫理(共著:中央法規)
福祉・保健・医療のための栄養ケア入門: -多職種連携の栄養学-(共著:建帛社) 等多数

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